祖父との思い出の味“釜めし”
「店主の手帖」はじまりは“釜めし”のはなしから始めたいと思う。
なぜなら、釜めしは釜浅商店二代目で僕の祖父、熊澤太郎が考案したからだ。と言い切ってしまってよいのか、いささか不安が無い訳ではないが、幼い頃から幾度となく祖父からその話を聞いてきたので、少なくとも僕はそう信じている。
洒落者だった祖父の話によると、ある時、行きつけの居酒屋『浅草二葉』でいつものように飲んでいると、ふと締めにご飯ものを食べたくなった。しかし、ただの一膳飯では味気ないので、1人のためだけに1人分のご飯を炊いて提供することを思いつき、二葉の主人と一緒に考えた、とのこと。
当時、1人分、約一合炊きの釜はなかったので、その釜も作った。その際、見た目的に格好良くするためにツバ上の立ち上がりを高くデザインし、そしてそのまま客席に提供するのに何か良い方法はないかと考え、升をひっくり返し底に丸い穴をくり抜き袴にした、というのが毎度祖父から聞かされてきた一連の話だ。
「1人のためだけに」というあたりがいかにも洒落ていて遊び心があり祖父らしいな、と思え僕自身この話を信じる1番の所以となっている。
先日、久々にこの釜めしが恋しくなり二葉へうかがった。釜めしはあくまで締めのご飯、いきなりそれを注文するなどの野暮なことはしない。
まずは、刺身数種、そして焼鳥、ビールから始まった肴の相棒はクラシックな辛口の日本酒に。そしてこのあたりで、いよいよ釜めしを注文。釜めしは数種類あるが僕はいつも貝柱の釜めし、シンプルだけど味わい深く酒にも良くあう。カレイの唐揚げを食べ終わる頃にはちょうど炊き立ての釜めしが、貝柱の良い香りと共にやってくる。
でも、まだ焦って蓋をあけてはいけない。子供の頃いつもこれを祖父、父に注意された。暫く蒸らさないといけないからと。
きっと提供される時には食べ頃になっているのだと思うのだが、つい今でもそうしてしまう。
数分たって蓋をあけ、しゃもじで底から返すと香ばしいおこげが食欲をそそる。一粒一粒出汁の旨味を良く吸ったお米は程よく歯ごたえがあり、酒呑の心をぐっと鷲掴みにする。
至福の時、
ありがとう、おじいちゃん。
浅草 二葉
住所:東京都台東区浅草1-6-4
電話番号:03-3841-5354
営業時間:16:00~21:30(LO21:00)
定休日:木曜日