現地での日々の出来事やお客様との交流、食や暮らしの中で出会った小さな発見を、スタッフがお届けします。
合羽橋の釜浅商店に居ながら、心はしばしばパリ店へ。そして身は年に2度ほど現地へ赴く米澤です。
合羽橋からパリ店をお手伝いしたり、合羽橋とパリを繋いだりしています。
パリ店ができて、早8年となります。
パリの6区、サンジェルマン=デプレという、どこか賑わいの中にも静けさのある地区の、とある路地の入口を覗くと、大きな琵琶の木のある中庭が見えてきます。
その一角に釜浅のパリ店があります。
そこには、合羽橋の釜浅と同様に、良理道具が集まっています。
日本で昔から、人々の知恵が積み重なって存在し続けてきた、良い理(ことわり)のある道具たち。
良い理ってなんだろう?と考えながら道具を見つめていくと、理が浮かび上がってきます。
この道具が今ここに、こうして存在している理由。
どうしてこの素材で作ろうと思ったのか?
どうしてこの形にしようと思ったのか?
どうしてその工程を重ねようと思ったのか?
かつての職人さんたちの思いつきが、そのままの形で、時により良く変化を遂げながら、現代の職人さんたちに継がれて今に至ります。
この理が、使い手を想う気持ちであることが多く、またそれらが長年残ってきた姿に出くわすとき、私の心は大きく動かされます。
きっと、理の後ろに寄り添うように付いている作り手の想いのようなものを感じるから。
そんな道具たちが誰かの手に取られ、喜ばれている姿を見かける時、
また、購入された方から後日、良かったよ!というお声を聞けた時、
心はさらに深く動きます。
パリ店でも、日々、釜浅スタッフたちが、そんな良理道具たちを訪れた方々にご案内しています。
合羽橋から遠く離れた地でも、良理道具の効能を目の当たりにするたびに、その偉大さを感じるのです。
恐らく店を訪れる方たちが“理”を意識して手に取るわけでもない。
職人さんの“想い”を意識して購入するわけでもないと思います。
でもその“何かしら”に、いいなと感じていただけているのではないでしょうか。
先日パリ店に出向いた後、南へ少し足を伸ばし、南仏・ニースの釜浅のお客様のレストラン、 Epicentre(エピサントル)さんに伺いました。
シェフのセリム・ムナスリさんは合羽橋のお店に何度も足を運んでいただき、同僚のジェレミーがいつもセリムさんを担当しています。
こちらのレストランでは、その土地の食材をベースに、スパイスを巧みに組み合わせていくお料理を提供されています。
日本の山椒や、他国のスパイスも使いながら、驚きの調和を感じました。
それぞれの食材がスパイスによってより磨かれ、また、スパイスだけが突出することもなく、前に出すぎず、後ろに隠れすぎず、ため息の出る美味しさでした。
そしてこちらのレストランでは、私たちの良理道具を含め、日本文化のエキスも多く取り入れられています。
例えば地中海のマグロのトロには隠し包丁が入っており、その工程により、絶妙な食感と土佐酢との見事な絡みが生み出されていました。
一つ一つのお料理と、そのお料理を必ず自ら、全てのテーブルに運ぶシェフの指の先にまで、一種の“理”とそこに付随している想いのようなものが感じ取れた気がしたのでした。
心が温かくなる食事と空間と時間。
このようなところにも、私たちの良理道具は来ているのだなぁ。
街灯に照らされた夜道と心地よい風が、何とも幸せな帰り道でした。






