釜浅ジャーナル
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つくる人のはなし SP edition 「人生包丁」をつくる人々を訪ねて、ミナ ペルホネン 皆川 明さん・田中 景子さんと堺へ

つくる人のはなし SP edition 「人生包丁」をつくる人々を訪ねて、ミナ ペルホネン 皆川 明さん・田中 景子さんと堺へ
切れ味が鋭く、食材の繊維を傷つけることなく切ることができる片刃の和包丁は、日本の和食文化に多大なる貢献をしてきました。 ところが、現在の日本の暮らしの中で使われる機会はほとんどありません。日本の食を豊かにしてきた和包丁を見直し、その魅力を改めて広めたい。そう考えた釜浅商店は、服やテキスタイルを中心に、家具や器など日常に寄り添うアイテムも多数手がけるミナ ペルホネンのデザイナー皆川 明さんに相談。料理好きとしても知られる皆川さんの要望をもとに、大阪・堺にて、オリジナルの和包丁をつくりました。
目指したのは「つくる人と使う人と共に生きる」包丁。 日本有数の和包丁の生産量を誇る大阪・堺では、鍛冶・研ぎ(刃付)・柄の製造などの分業制でつくられています。 高い専門性を持つ職人たちによる手仕事のリレーを経て、ようやく1本の包丁が完成するのです。そんな包丁づくりの背景と職人たちの想いに触れるべく、皆川 明さん・田中 景子さんと一緒に堺の街を訪ねました。
  • ミナ ペルホネンのロゴ
    minä perhonen
    1995年にデザイナー皆川 明氏により設立されたブランド。自然の情景や社会への眼差しからデザインを進め、日本各地の生地産地との連携により生み出されるテキスタイルを特徴とする。衣服に始まり、インテリアへとゆるやかにデザインの幅を広げながら、時の経過と共に愛着の増すもの、日々に寄り添うものづくりを目指す。「minä」は「私」、「perhonen」は「ちょうちょ」を意味する言葉。蝶の美しい羽のような図案を軽やかにつくっていきたいという願いを込めている。ブランドロゴは、「私(四角)の中のさまざまな個性(粒の集合)」を表す。蝶の種類が数え切れないほどあるように、デザイナーの生み出すデザインもまた、増え続ける。
  • mina perhonen皆川 明さんのプロフィール写真
    minä perhonen designer / founder
    皆川 明 / Akira Minagawa
    1995年に「minä perhonen」の前身である「minä」を設立。ハンドドローイングを主とする手作業の図案によるテキスタイルデザインを中心に、衣服をはじめ、家具や器、店舗や宿の空間ディレクションなど、日常に寄り添うデザイン活動を行っている。デンマークのKvadrat、スウェーデンのKLIPPANなどのテキスタイルブランドへのデザイン提供、新聞・雑誌の挿画なども手掛ける。
  • mina perhonen田中 景子さんのプロフィール写真
    minä perhonen designer / CEO
    田中 景子 / Keiko Tanaka
    2002年にテキスタイルデザイナーとして入社。手作業での制作による大胆な構図と繊細な表現の図案を発表し続けている。様々な企画に携わり、それぞれの産地やメーカーの個性を生かしたものづくりを積極的にしている。デザイン活動を通じて、社会への貢献と個人の喜びを増やしていけるよう、minä perhonenの第二走者としてブランドの活動の場を広げている。

 

TOPICS

 

TOPICS 01産地: 大阪府堺市

日本における刃物の6大産地のひとつ、大阪府堺市。鍛冶技術の発展の基礎は、堺市内に今も数多く残る古墳群の造営のため土工具をつくる人々が集められたことにあるといわれています。16世紀にはたばこの葉を刻む「たばこ包丁」の切れ味の良さが評判となり、徳川幕府に「堺極」の極印を入れて販売することを認められたことから、堺の刃物づくりは隆盛を極めました。その伝統は料理用の包丁づくりに受け継がれ、職人たちの分業により1本1本手作業で仕上げる「堺打刃物」は、プロの料理人がこぞって使うことでも有名に。釜浅商店で扱う和包丁も、ほとんどがこの堺でつくられたものです。今回、ミナ ペルホネンとのコラボレーションでオリジナルの和包丁をつくるに当たって堺の職人の方たちにお願いしたのには、そんな背景があるのです。その堺を、ミナ ペルホネンの創業者でデザイナーの皆川 明さんと、デザイナーで代表の田中 景子さんが訪ねました。


左から皆川 明さん、田中 景子さん

皆川さんは、伝統的な地場産業の織物や染色の工場のある八王子に拠点を構えた創業時以来、ずっとものづくりの現場の近くに身を置いてきた人。
2002年の入社以来、田中さんもさまざまな工場の人たちと密なやりとりの中から、多彩なテキスタイルやデザインを生み出してきました。家具や食器をはじめとした多種多様なコラボレーションにおいても、相手の工場や工房に足を運び、職人たちの仕事をじっくりと見てきたお二人。今回ももちろん、包丁づくりのすべての現場に足を運んでいただきました。

お二人を案内してくださったのは、創業から100年以上、包丁の卸問屋として、また刃付工房として、堺のものづくりの現場を支えてきた馬場刃物製作所の馬場 修三さん。車でそれぞれの工房を回る間にも、市内のあちこちに刃物関係の会社や工房などが見え、堺が刃物の街であることを実感します。

 

TOPICS 02鍛冶:田中打刃物製作所

左から奥上 祐介さん、田中 義一さん、義久さん

最初に訪れたのは田中打刃物製作所。ここでは親方の田中 義一さんと息子さんの義久さん、弟子の奥上 祐介さんが鍛冶仕事を行っています。馬場さんによれば「軟鉄の地金の上に鋼材をのせて熱してひとつにし(鍛接)、叩いて打ち伸ばすことを火造り(鍛造)といいますが、堺はここが他の産地よりも優れていると言われています。そのトップの一人が田中 義一さん。彼の包丁は鋼材の持ちが良く、切れ味が持続するんです」とのこと。薄暗い作業場の炉の前では、義一さんが燃え盛る火を見つめながら、熱された地金と鋼材を何度も叩いていました。

「軟鉄と鋼材は1100℃くらいでくっつく。それを今度は800℃くらいで叩いていく。これが切れ味に繋がってきます」と義一さん。「温度は目で見てわかるのですか?」と皆川さんが尋ねると、「経験でわかります。色加減で判断するんですよ」と即答。温度管理をきちんとやらないと、脆くなって欠けが生じたりしてしまうのだそうです。「人生包丁」で使っている鋼材は白紙二号ですが、鋼材によっても適した温度は違うそう。「鋼材によって火花の色が違うんですよ」という義一さんの言葉に、皆川さんも驚いていました。

温度を下げる時は、藁灰の中で一晩かけて休ませるそう。温度が下がったらまた叩き、今度は繊細な温度管理に適した岩手産の松炭でおこした800℃前後の火で熱し、それを水につけて急冷する「焼き入れ」をして鋼材に硬さを出し、その後「焼き戻し」(再加熱)を行い粘りを出して欠けにくくする。再び槌で叩いて、鋼材が収縮することで出る歪みや狂いを丁寧に取っていきます。

藁灰で休ませ、温度を下げる / 刃の裏側には、釜浅商店のロゴの上にミナ ペルホネンを代表するデザインのひとつでもある"choucho"をあしらったオリジナルのロゴマークを刻印。

焼き入れの前には、鋼材と軟鉄と境目の部分に刻印を打刻。これを「地打ち」(じうち)といい、この段階で入れると刻印が黒く残ります。「ちゃんと手を抜かずにつくれば、素人さんなら毎日使っても20年から30年は持つ包丁になりますよ」と言う義一さんの言葉に、「こんなにたくさんの工程があるとは初めて知りました。経験と勘に裏打ちされた、本当に尊い仕事だと思います」と感心しきりの皆川さん。田中さんも深く頷いていました。

 

TOPICS 03研ぎ:川北刃物


川北刃物 二代目・川北 一平さん

次に訪れたのは川北刃物。ここでは「研ぎ(刃付)」と呼ばれる、刃を研ぐ作業を行います。「刃付屋さんの仕事は焼きの入った包丁を、今度は反対に焼けないように水をかけながら回転砥石で削り、包丁に残る窪み・キズを取り除き美しい状態にしていくこと」と馬場さん。この日は二代目の川北 一平さんが一人で作業していました。赤い色の砥石が削れた粉と、包丁から出る鉄粉が結びついたものが、鍾乳洞のように張りついているのが印象的な作業場の壁面。その前で川北さんは、まず木型に包丁をはめ、水をかけながら回転砥石で全体を荒く研いでいきます。

その後、叩いて歪みを調整しては、また研ぐ。荒研ぎが終わると、今度は本研ぎ。実際に切れるよう、さらに薄く研いでいきます。「研いで直して、研いで直して、という感じですね。鋼材は叩きすぎると割れてしまうことがあるので、叩く時は慎重にやっています」。皆川さんと田中さんも、川北さんの作業をじっと見つめます。

鍛冶でつけられた、刃裏にある窪み(裏すき)も丁寧に整えながら、バフと呼ばれる円盤形の研磨道具でさらに研磨していく川北さん。「このバフは堺独特のもの。研磨剤の一種である金剛砂を膠(にかわ)で研磨布にくっつけたもので磨きます。バフは小刃をつけるだけなら2種類、本刃付けの際には4〜5種類を当ててやっていますね」。最後は手研ぎ、バフ、ペーパーとだんだん細かくしながら表面を丁寧に仕上げていきます。「だいたい20〜30本を1セットとして、それを2日ほどかけて仕上げている」という川北さん。「鍛冶屋さんとの連携プレーですね」と、笑顔で教えてくださいました。

 

TOPICS 04 柄づくり: 金釘木工所

金釘木工所 四代目柄匠・小浦 周平さん

金釘木工所

最後に訪れたのは、包丁の持ち手となる柄をつくる金釘木工所。ここでは、四代目柄匠の小浦 周平さんが、堺の伝統的な製法での柄づくりを行っています。工房には、柄の素材となる木材のサンプルがずらり。「幅広い樹種を扱っていますが、一番使われるのは朴(ほう)。高下駄の刃に使われていた材で、水に強く加工しやすいのが特徴です。また、最近人気なのはイチイ。黒檀ほど高くないけれど、硬くて丈夫な材です。皆川さんが選ばれた桜も同じような感じ。イチイよりも硬く、丈夫です」という小浦さんに、「いろいろな樹種を見せていただいたのですが、その中から軽やかな感じがいいな、と思って桜を選びました」と皆川さん。
柄の形状は主に丸・シノギ・八角・半丸の4種類があり、今回は皆川さんが握り加減を吟味した上で、「半丸柄」という形に落ち着きました。

柄(ハンドル)は、手触りも良く、木のぬくもりを感じれる腐食に強く硬めの桜材。木目が細かく、目が詰まっていて光沢があり、耐久性が高い。また、長時間使用しても疲れない工夫として、握った時に上部は手に固定され、下部の半丸は指に優しくフィットする形状に。(画像:釜浅商店)

柄づくりの作業は円盤で角材の形を整えていくところからスタート。それが済んだら、包丁を差すところに穴をあけます。ドリルで開けた穴に、コークスで超高温に熱した鉄棒を差し込んで焼き込みを入れるのは、堺ならではのやり方。シューッ!と上がる煙に、皆川さんや田中さんからも思わず「すごい!」と歓声が上がります。

その後は焼いた穴を綺麗に仕上げて、長さを揃えてカット、3種類のペーパーで磨き、さらに蝋を塗って磨いて美しく。
「蝋で仕上げると優しい感じになるんです。包丁は尖っているので、柄は優しくしたくて」という小浦さんに、「この包丁は持っていて自然で、気にならない。それは使いやすいということだと思います。
こういう仕上げをしていることが大きいのでしょうね」と皆川さんも納得の様子。

最後に、小浦さんがつくった柄に包丁を挿して(柄付)、出荷できる形にまで持っていくのは馬場さんの役目。
すべてをチェックして、ちゃんと使える状態になったのを確認したところで、箱に納めて送り出します。

 

TOPICS 05 「人生包丁」 名前に込めた思い

「『人生包丁』という名前には、使う人に“手をかけて長く使うんだ”という心持ちになっていただきたいな、という思いが込められています。ただ視覚的なデザインがいいから選ぶというのではなく、この包丁は大切に使う、大事なものなんだということを感じていただきたいな、と思って。今回、つくり手の方たちの仕事を見せていただき、その思いはさらに深くなりました」 そう話す皆川さん。

そのネーミングの背景には、もうひとつ、皆川さんならではの視点がありました。
「包丁って、研いでいくとその分だんだん小さくなるわけですけれど、それは同時に長く使ってきた証が姿を消していくことでもあります。それも面白いな、ある種哲学的だなと思ったんです。それを端的に言葉で表現したら、『人生包丁』になった。使う人に“自分が生きていくための道具”として見ていただけたら嬉しいですね」

包丁はかなりの本数持っているけれど、自分自身にとっての「人生包丁」はこれまで持ってこなかったという皆川さんは、「これから、この包丁がどう自分に馴染んでくるかが楽しみ」だと言います。
また、そんな皆川さんの包丁づくりをそばで見てきた田中さんは、「私たちが好きな包丁に出合えることはなかなかない。でも、この包丁なら料理をした時の感動が、ずっと長く残っていきそう」と、嬉しそうに話してくださいました。

毎日使って、切れ味が落ちたら研いで、また使って。つくり手の思いが、使い手の暮らしに繋がるように。そして何十年と日々の食を支える道具として。 「人生包丁」がそんな存在でありますように。

 

PRODUCTS 

 

minä perhonen × 釜浅商店「人生包丁」をつくる人

  • 田中打刃物製作所プロフィール
    鍛冶(株)田中打刃物製作所
    1896年創業、現在は四代目の田中 義一氏・五代目の義久氏親子と、弟子の奥上 祐介氏の3名で活動。鋼材の品質を引き出すよう火造り、焼きなまし、焼き入れ、焼き戻しの4つの工程の温度を守ることにこだわる。
  • 川北刃物プロフィール
    研ぎ(刃付)(有)川北刃物
    1978年創業。卓越した技術と経験を持ち、幅広い種類の包丁を扱うことができる研ぎ師として知られる川北 一平氏は二代目にあたる。使う人が研ぎやすい包丁に仕上げることを常に心がけている。
  • 金釘木工所プロフィール
    柄の製造金釘木工所
    四代目柄匠の小浦 周平氏は、家業である飲食業からこの世界に入った変わり種。師匠の熱心な指導の下、2019年に独り立ちを果たした。柄屋を目指す若い世代を増やすことが目標。趣味は釣りと料理。
  • 馬場刃物製作所ロゴ
    刃物問屋・刃付工房(株)馬場刃物製作所
    1916年創業。包丁の卸問屋として、また刃付工房として、堺のものづくりの現場を支えながら、老舗の名に甘んじることなく、常に最上のものづくりに挑み続けている。

執筆・編集:山下紫陽 撮影:井上昌明(TOPICS 1〜4) 橋本裕貴(TOPICS 5)